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CHRISTIAN ACADEMY IN JAPAN
Christian
Academy
in Japan

聖書を授業に取り込む


CAJ
の教師たちは聖書の真理を毎日の授業に取り入れています。それはCAJの児童生徒は聖書の授業だけでなく、他の授業全般において聖書の教えに取り組んでいるということを意味しています。

クリスティン・イイジマ 5年生担任


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年生では、混合物と溶解物について学び始めます。溶解物とは、均一混合物という一度混じり合ってしまうとなかなか分離できない成分からできています。このような学習において、児童たちはどのように神様を見出すのでしょうか。水とコーンスターチを混ぜて、ウーブレックを作ったあとに考えてみます。合わさった成分は固形物のようですが、手に持つと指の間から垂れ落ちて、机の上で乾燥してしまいます。うまく混ざった溶解物になっても、乾燥や放置した状態になると再度分離してしまいます。一人の児童は「ウーベリックを手に持って、また手から離すのは、自分が何か良いことをするときに神様にくっついていて、自分が神様から離れてしまうとばらばらになるのに似ている」と言いました。また別の児童は、神様の存在なしには、このような成分は作ることができないと思いました。目に見えるものを通して創造した神様の存在を容易に理解できるのです。この後に重曹とソーダを使ってクリスタルを作ります。これらの小さな要素の中に作られた神様の美しさを見いだすことを学んでいきます。

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サチエ・ハラ 7年生英語教師


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年生は、ヘミングウェイの「死ぬかと思って」(原題:A Day’s Wait)を読んだ後「人生の一日」という発表を行います。ある少年が病気になり、自分はもう死ぬのだと一日中心配しながら過ごしますが、最後には全てが誤解で、少年は大丈夫だったという結末です。この話を読み終えて「自分はどう時間を使い、またどのように使うべきなのか」と問いかけます。生徒たちは典型的な一日の一部を設定し、どのように時間が使われたかを振り返ってみます。一日何をしていたかを実際に書き出すと、実は賢い時間の使い方をしていなかったことや日常生活の問題が見えてきます。時間管理の問題、心配事、友人や家族間の人間関係の問題などが分かち合われました。自分の持っている問題が何であるのかを発見し、聖書を開き、聖書がその問題について何を語っているかを見つけ、解決方法のプランを考えます。その後「人生の1日」の4 6分ほどの発表をします。学校の勉強に対する不安を分かち合ってくれたある生徒は、聖書には「思い煩いをいっさい神にゆだねなさい( 第一ペテロ5:7)」、「何も思い煩わないで(ピリピ4:6)」と書いてあり、自分は、神様が自分の心配事よりもずっと偉大な方であることを思い起こす必要があり、併せてもう心配しなくてもすむように計画的に宿題に取り組みたいと言いました。もう一人の生徒は、彼がよく妹と口げんかをしてしまうことが問題だと分かち合ってくれました。「激しやすい者は争いを引き起こし、怒りをおそくする者はいさかいを静める」と書かれた箴言15:18を読んで、妹に対して自分はもっと辛抱強くならなければいけないこと、そして自分がいさかいを静める者になれることに気がついたと語ってくれました。聖書には私たちがどのように生きるべきかが書かれていて、自分たちの日常を振り返りながら、目標や計画を立てることによって自分の人生と聖書の教えが結びついていくことを学びます。

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ネイト・ギブソン11年生人文学 – アメリカ文学と歴史統合クラス教師


正義とは個人の自由を守ることでしょうか。大多数の人に益をもたらすことでしょうか。道徳を守ることでしょうか。11年生のクラスでは、学年度の始めに「正義とは何か」について多くの仮説を立て、正義の概念がメディア、文化、社会によってどのように形成されているかを考えます。正義とは何かという概念には様々な考え方がありますが、正義を行うように神様から示されているクリスチャンとして、私たちはどのようにすれば確実に首尾一貫して正義を行うことができるのでしょうか。11 年生の人文学のクラスでは、いつもこのような質問を考えながら始まります。このクラスはアメリカの歴史と英語を統合したクラスです。これからの1年間の基礎を築くため、まず二人の著者による本を数章読みます。一冊目はニューヨークにあるリディーマー長老教会の創始者ティム・ケラー著の「Generous Justice」、二冊目は政治家を務めた後、カルビンカレッジ ヘンリー インスティテュート研究所でシニア研究員を務めたスティーブ・モンスマ著「Healing for a Broken World」です。これらの章を読み進め、話し合い、考えるうちに、正義の定義における共通点を発見します。それは「神に似せて創られた者として、人が受けるべきものを与える」ことです。まずはじめのユニットでは、それが何を意味するのかを紐解き、その後のユニットでもこの定義を応用します。その後に学ぶ「セイラム魔女裁判」、「アメリカ独立宣言」、「奴隷制度」、「原爆投下」などの様々なトピックにもこの定義を当てはめます。毎年、正義という大きなテーマを念頭において歴史と文学を学ぶ度に、自分の置かれたCAJでの生活、またCAJを超えた生活の場において、人が神様に似せて創られた者として受けるべきものを与えることとは何か、を自問自答できるようにと願っています。

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